ロシアではシュンガイトの特徴が昔から知られていましたが、その時はシュンガイトではなくて聖書にも言及される「頁岩の石」と呼ばれました。
貴族のクセニャ・イヴァノヴァ・ロマノヴォヴァはボリス・ゴドゥノフに※オネガ地方へ追い出されてそこで亡くなりかけましたが、地元の農民のアドバイスに従って奇跡の水田の水を飲んで浴び始めた後、病気が治っただけでなく、1596年に後のチャーリーとなった、ロマノフ朝の創立者、ミハイル・フョードロヴィチを産みました。
シュンガイトの治療能力の発見が、ロシアのツァーリ、ピオトル一世の人物と関連しています。彼の命令でツァーリの医師によって最初のシュンガイトとシュンガイトミネラルウォーターの研究が行われました。腎臓結石、ビタミン欠乏症、消化器系の疾患などを患っていたピオトル一世はシュンガイトの大きな力を自分の体で試して、そして兵士ひとりひとりがに、この石を携帯することを命令しました。
伝説によると、1709年にポルタヴァの戦いでロシア軍がスウェ-デンに勝ったのは部分的には、この石のおかげでもあると言われています。当時は暑い夏のせいで全ての水源に菌などが発生し、人間にとって危険なものになりました。スウェ-デン軍の中では、スウェ-デン王を含めて胃の病気が大量に発生していましたが、ロシア軍ではツァーリ個人の命令に従って「黒い鬼の石=シュンガイト」の欠片が水の殺菌の為に使われていたので、そう言う病気がほとんどありませんでした。医師の研究の結果、ツァーリの命令を受けて、シュンガイト水源近くに戦争の神マルスに因んで名づけた最初の「マルス湯」と言うロシアのスパが建設され、そこでピオトル一世自身も家族と一緒に何度も治療を受けたことがあります。
Copyright © AXIS MUNDI